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シリキ・ウトゥンドゥが頭から離れない

 

あのシリキ・ウトゥンドゥの話である。

一度聞いた時から頭から離れないシリキ・ウトゥンドゥ

 

私は初めにこの名前を聞いた時に驚きを隠せなかった。

「シリキ」に「ウトゥンドゥ」である。

なんだこの完成形は!と。

 

特に「ウトゥンドゥ」である。

口に出すとわかるが、この発音のしずらさである。

初めの「utu」もそうだが最後の「undo」もとにかく言いずらい。

 

初めに女性の口からこの「シリキ・ウトゥンドゥ」を聞いた時は衝撃が走った。

 

なんだこの響きは。

初めて聞く響きであり、この体のむずがゆさは何だと。

 

そしてそれを言った女性は全く表情を崩さない。

完全な無表情である。そこにはこの変な響きの言葉を発した動揺も恥かしさも感じられなかった。

そして周りの人は真剣に聞いている。

この空間は何だ。真空なのか?私だけこの声が聞こえてるのか?と感じたほどだ。

 

それを見て、私が逆に笑ってしまったほどだ。

このシュールさは体験しないとわからないだろう。

 

ただ、このシリキ・ウトゥンドゥのすごいところはそこだけではない。

一度声に出すとこの心地よさから離れられないところにある。

 

言いにくいからこそ、言えた時の時の心地よさがすごいのである。

初めて自転車に乗れた時に遠出してしまうあの気持である。

 

もうここまでくると「ウトゥンドゥ」だけでなく、「シリキ」のほうも愛くるしくなってくる。

 

この個性まみれの「ウトゥンドゥ」にこの普通の「シリキ」である。

ギャップがすごい。

 

よくギャップ萌えなどというが、確かにこのギャップには驚かされる。

初めてあった人が「桐生」が苗字で期待して名前を聞いたら、名前が「太郎」のようなギャップである。

 

この逆にいとおしくなってしまう現象が「シリキ」にはある。

 

そして、この集大成が「シリキ・ウトゥンドゥ」である。

 

私は帰りのバスまでずっとこのシリキ・ウトゥンドゥのことばかり考えていた。

そして、月日が経ってもたまに思い出してしまうのである。

 

あなたもこの記事で少しでもシリキ・ウトゥンドゥの中毒性を感じてほしい。

 

シリキ・ウトゥンドゥとは

東京ディズニーシーのタワーオブテラーに出てくる呪いの偶像である。